ライトウィング

この前日本に戻って思ったこと。
本屋に行くと先の戦争を正しかったとする本の多いこと。
3年前なら悲惨な体験本のほうが多かったんじゃないかな。
 
中国にいて中国人のメンタリティーが少しだけどわかるようになった。
彼らは自分の有利になるためであれば臆面もなくうそをつくし捏造もする。
相手が弱ければ徹底的にむしりとろうとする。
自分の良心に鑑みてどうだ、とかいう判断はあまりみられない。
そんな人は逆に正直者として目立つ。
 
日本人にはそんな人はいないとかそんなことではない。
ここにいると頻繁にそんな場面にあったり、またかと思うことが非常に多かったりするということ。
 
でも中国人同士ではそれはストレスにはならないようだ。
お互いその距離感で付き合っているから。
・・・でも中国人同士でもよくだまされてるなあ。
 
外交を考えると中国人国家、ましてや共産国家である中国に対して譲歩したり、良心に訴えたりすることがいかに愚かなことであるかを強く思う。
日本人の美学として相手を慮って、というのは理解できるけども。
 
安倍が言ってるようなことは、別にタカ派的発言でもなんでもなく、暴論やとんでもな理屈をかざして「交渉」をしてくる相手を防御するために必須なだけだと思う。
 
もしチャイナスクールが「交渉」にはわざと負けたようにして実利をとる、なんてことを考えていればすごいけど(ないけど)。
 
だから譲歩も遠慮もいらない、堂々と主張すればいい。
じゃないと軽く見られて徹底的につけこまれる。
 
 
でも先の戦争が正しかった。
やむにやまれぬ戦争で日本としてはどうしようもなかった自衛戦争だ。
 
というのはあまりにも無理があるんでは?
 
仮に当時「中国が帝国主義に対抗するためやむにやまれず朝鮮及び日本に侵攻した」なんてことがあれば日本も朝鮮も国際社会も当然間違った戦争であると断罪するだろうし、しなければならない。
※当時というのは満州事変のあたり帝国主義の勢力のバランスが微妙なときのこと、日韓併合の時代ではない。
 
日本は真珠湾攻撃で太平洋戦争を仕掛けて負けた。
 
逆に日本が戦争を仕掛けられて占領されたらどんな理由であっても相手の自衛戦争だったなんて理屈は理解する余地もない。
また、今になって自衛戦争だったなどと政府が主張する、あるいは世論がそうだという国は信用できない。
 
ようやく過去の事実とは異なる自虐を軌道修正しようとしているときに、「正しかった戦争」論というものはいかにも国益に反するものだと思う。
 
極東国際軍事裁判サンフランシスコ講和条約で受諾した。
国際社会ではっきり決着していることを蒸し返すのは筋が通らない。
 
中国・韓国への謝罪および賠償は決着している。
これも国際社会で決着したこと。
 
堂々と主張すべきなのは戦争が正しかったということではなく、戦争の謝罪と賠償は決着したことであること。
捏造されたものは捏造されたものだと事実を挙げて主張すること。
しかしその中でも受諾してしまったものは蒸し返さないこと。
 
こんなことを思う。
 
ところで新しい歴史教科書を本屋で立ち読みしたけど、なにが問題なんだろうね。
あれを戦争正当化とか美化とか言われる筋合いはないな。
 
今日の一曲:The Blue Hearts 「未来は僕らの手の中」